2016年10月16日

編集中

みなさま、大変ごぶさたしております。

ごぶさたしていたのは会誌の作業でかなり忙しいのです。

当初8月末だった締め切りは結局9月末まで引っ張りました。私自身は10月2日に提出。今回は時間がかかりました。
(とか言って、シン・ゴジラを3回も見に行った自業自得なのですが)

10月に入ってからは、読書会の筆耕を手直し。ようやく、ゲラに回す段階にきました。

11月23日の文フリ東京大会に間に合わせたいと思っているのですが、ギリギリの進行かも。

と言って、一番大変なのは私でなく編集長なので・・・

つらつら考えるに、やはりジュール・ヴェルヌではなく、ミシェル・ヴェルヌが相手だと調子が狂うところがあります。

息子だからと言って似ているとは限らない、まして相当にクセの強い人物で、論じるのになかなか苦労する相手ではあります。それゆえに勉強になるところも多いのですが・・・

いずれにせよ、まだ鋭意編集中です。

ご本人も書かれていましたが、会員の石橋政孝さんと倉方健作さんの共著『あらゆる文士は娼婦である』が発売になりました。

http://www.hakusuisha.co.jp/book/b243681.html

世界的な名作と呼ばれる文学作品も、世に出る時には当然、編集者や出版社による書籍化という「仕事」があったわけで、その知られざる苦闘を明らかにする興味津々たる1冊です。こちらもぜひ。

posted by sansin at 10:45| Comment(2) | 研究会の活動 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月08日

グリーンフラッシュ現象

先ほどYAHOOのトピックニュースで「グリーンフラッシュ」と呼ばれる気象映像に注意が注がれました。
これぞ「緑の光線」なのでしょうね。初めて観ました。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161008-00050118-yom-sci.view-000
posted by Cyrus Harding42 at 23:32| Comment(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月06日

お知らせ等

一か月以上前のことになりますが、現代フランス文学を代表する作家の一人であるミシェル・ビュトールが亡くなりました。八十九歳でした。時折入ってくる近況から窺い知る限り、まだまだお元気で、九十歳を祝う新刊予告も出ていましたので、不意を衝かれた思いでした。ビュトールが「ジュール・ヴェルヌのいくつかの作品を通してみた至高点と黄金時代」を書いたのは一九四九年、まだ作家としてデビューする前の弱冠二十三歳の若者だったわけですが、ヴェルヌのイメージを一新し、その再評価を呼び起こした決定的な評論でした。僕自身、その翻訳を読んだことがきっかけとなって、十代で『時間割』を読んだのですが、その時の衝撃はいまだに忘れません。小説とはこのように書くこともできるのか、と。その後のビュトールは翻訳困難な作品、しかも大作をシリーズで矢継ぎ早に書いていったため、日本では全貌がまったくつかめなくなってしまったのは残念でした(そのせいか、これほどの大作家でありながら訃報もほとんど出ませんでした)。フランスのヴェルヌ協会は、シモーヌ・ヴィエルヌに続き、今年は名誉会員をこれで二人失うことになり、その喪失感はただなりません。ビュトールの遺した巨大な業績を、及ばずながら今後も追いかけていきたいと思っています。

このような話題の後に持ち出すのは気が引けますが、宣伝を。ヴェルヌ研究会の会員でもある倉方健作さんとの共著が来週末に発売されます。

http://www.hakusuisha.co.jp/book/b243681.html

エッツェルは前半の主役の一人であり、ヴェルヌは影の重要人物の扱いとなっています(作家ではユゴーとゾラが主役です)。倉方さんが書かれた後半は詩壇をめぐる人間関係を追っていて、時に憎たらしいほど巧みな語り口になっています。本屋で見かけましたら、お手に取っていただけると嬉しいです。
posted by ishibashi at 21:04| Comment(0) | 会員の動向 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする