2018年03月30日

オーデンを捜して

なんとなく忙しく日々が過ぎていきます。忙中閑ありといえど、難しいものはなかなか読める心境にない時が多く、通勤の行き帰りなどでぼんやり読むのはマンガだったりします。

『海街diary』は何度読んでも感銘を受ける名作ですが、その第6巻に「地図にない場所」という一編があります。全体の筋からは少し離れた、いわゆるサイド・ストーリーなのですが、全編を貫く主題が別の面から集約されたような趣もあり、やはり欠いてはシリーズが成り立たない重要なエピソードだと思います。
さて、この話に出てくるのが、「立ち上がってたたみなさい 君の悲嘆の地図を」という一文です。

イギリスの詩人オーデンの詩の一節だと、引用した登場人物が説明するのですが、はて、ではなんという詩の一節なのか。また、この登場人物はどうやってこの詩を知ったのか、描かれていない背景にも興味が湧き、ちょっと調べてみることにしました。インターネットで検索すると、同じことを調べている人が何人もいらっしゃって、当該の詩が1935年、初期に書かれた"Twelve Songs"という詩であることがわかりました。

ウィスタン・ヒュー・オーデンは1907年に生まれ、1973年に亡くなっています。イギリスで生まれ、アメリカ国籍を取得して移住しました。亡くなったのは別荘を持っていたオーストリア。多作な作家で、50年代から70年代にかけてよく翻訳されており、日本で影響を受けた作家も多い。おそらくその影響をもっとも如実に示しているのは、大江健三郎が短編「見る前に跳べ」、中編「狩猟で暮らしたわれらの先祖」という題名を、オーデンの詩から引いていることでしょう。

しかし、昔訳された詩集で、今読めるものは少ない。思潮社『W・H・オーデン詩集』(沢崎順之助訳)、小沢書店『オーデン詩集』(中桐雅夫訳、福間健二編)、筑摩世界文学大系『イェイツ・エリオット・オーデン』、新潮社『世界詩人全集 オーデン スペンダー トマス詩集』を近所の図書館で借りることができました。
しかし、その中には"Twelve Songs"の翻訳はなかったのです。筑摩世界文学大系には「十二の歌」という詩の翻訳がありますが、これは1966年にそれまでの短詩をまとめた同題の詩でした。

すぐに手に入らない翻訳も多いので、その中に"Twelve Songs"の訳はあるかもしれません。しかし、引用した登場人物は割と若い人なので、果たしてそうしたものに目を通す機会があったかどうか。とすると、原書を読んだのか。学生時代に読んだと発言からは窺えるので、優秀な学生さんだったということか。原文は(今はネットに出ていますから興味のある方は見てください)詩ですから、すんなり読めるものではないものです。それとも英語の先生か、誰かに教えてもらったのか。

それともどこかで大江健三郎か、また別の文学者が引用していたのかもしれません。そう考えるとさらに探索の手を広げなければなりませんが、そこまではできていないのが現状です。

というところまでで、この捜索は中途半端に終わっています。暇になったらもう少し捜して見ますが、描かれていない作品との(架空の)出会いを、調べたことに基づいて想像する、二次創作的な妄想は楽しい。

また一方で、こんな風に一つのことを手がかりに読書の輪を広げていくのは面白いものです。筑摩世界文学大系は、詩もさることながらエリオットやオーデンの文学論もなかなか読み応えがあります。エリオットの戯曲『大聖堂の殺人』や、オーデンがシェイクスピア『テンペスト』の解釈として書いた戯曲風のテクスト『海と鏡』なども面白い。ボブ・ディランがその名前の元にした詩人、ディラン・トマスの詩も興味深く読みました。

実は、オーデンは幼少期ヴェルヌを愛読していて、『怒れる海 − ロマン主義の海の図像学』という講演録も出しています(未読)。ヴェルヌにどこまで言及しているかは読んで見ないとわかりませんが、『海底二万里』を読むうえで一度は読んでおきたい。ヴェルヌ研究者にとってもオーデンは気をつけておくべき作家なのです。

もう一ついうと、詩集や全集の編者たちは、多作なオーデンの全体像を示すべく詩を選び出しているわけですが、小品ではあるものの、このように意外な影響を及ぼす作品がこぼれ落ちてしまっている。
我々も、多作であるヴェルヌの全体像をお伝えすべく活動を続けておりますので、いい教訓にしたいと思います。


posted by sansin at 05:59| Comment(1) | 今日の推しコン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月04日

幻想物語をめぐって

NHKで3年かけて放送していた『精霊の守り人』が完結しました。
地上波のTVで、それも実写で、大人向けに本格ファンタジーをやる、というのは日本では極めて珍しい、というか、すぐに思いつくのは『西遊記』くらいしかないのではないかと思います。

それを綾瀬はるか、藤原竜也といった主役級の俳優を揃えて製作した、ということだけでも意義のあることでした。

原作と話の順番を変えているという(いささか批判的な)反応があるようですが、これは番組のホームページで原作者の上橋菜穂子さんが丁寧に説明しています。原作者合意の上であれば、全く問題ないでしょう。

特に最終盤の展開はかなり原作とかけ離れていますが、主要登場人物が一堂に会する場面構築は演劇的な手法で、映像化のあり方としては理解できるものだと思います。

上橋さんは以前アニメ化された『獣の奏者』のシリーズ構成にも自ら参加されていて、その途中で『獣の奏者』は「探求編』『完結編』が書かれていますので、何らかの影響があったのではないかと思います。作者自身による続編と、他者による二次創作との関係を考える上でも興味深い事例ではないでしょうか。もしかしたら、「守り人」にも何か影響があるかもしれません。

ところで上橋さんは、とある対談で、アーシュラ・K・ル=グィンの『ゲド戦記』を「頭で書かれたものではないか」と、若干批判的なコメントをされています。上橋さん自身は、物語の原型的な部分には自然に触れて行くもので、構築的に書かれるものではない、という信念をお持ちのようです。それはそれで、何となくわかるような気がします。

しかしながら、『ゲド戦記』がいかに西洋幻想文学の原型的な主題の根幹に触れているかは、私市保彦先生の『幻想物語の文法』に詳しく書かれております。そもそも西洋幻想文学は、西洋的知(ロゴス)が神話的原型あるいは原初的欲望に触れた時、いかなる表現として現れるかという系譜ではないでしょうか。

もっとも、『ゲド戦記』はいったん3巻目で完結したように見えて、かなり後に再開した第4巻で驚くべき展開を見せる、複雑な経緯を経た一筋縄ではいかないシリーズですので、そんなことを考えながら読み返してみるのもいいかもしれません。

ル=グィンは1月22日に亡くなりました。日本では『ゲド戦記』がジブリでアニメ化されたというだけの理由からなのか、「『ゲド戦記』の作者」としてしか紹介されていないようで、『闇の左手』がSFジャンルに与えた計り知れない影響のことを思うといささか残念な気がします。ファンタジーも、「オルシニア国」シリーズなど復刊してほしいですね。

『精霊の守り人』についてごく個人的なことを言えば、あのめちゃくちゃ強くてかっこいい、綾瀬はるかのバルサがもう見れないのは名残惜しい、ということに尽きています。
posted by sansin at 19:59| Comment(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月20日

ヴェルヌと科学者、そして初歩的なミスについて

「コズミック☆フロント」、再放送は1月31日(水)です。ふだん、文学としてのヴェルヌにばかり注目するのですが、こうした科学史とイマジネーションの関わりの典型例としてのヴェルヌというのは、やはり興味深いもので、大変面白かったと思います。

番組に登場したコア・プロジェクトの中島善人博士は、会誌2号の『地球の中心への旅』特集に特別寄稿をいただいています(残念ながら現在は在庫切れですが・・・)。
また、パリ天文台のジャック・クロヴィジエ氏はまさに、最新12号の石橋さんの寄稿「ジュール・ヴェルヌを誤訳する」の中で、「第二の月」問題にコメントをいただいていますし、ヴェルヌ研究家のフィリップ・ド・ラ・コタルディエール氏は当会の私市保彦先生・石橋さん・新島さんの共訳による『ジュール・ヴェルヌの世紀』(東洋書林)の著者の一人であります。このように、当会にも縁のある方々が多数出演されて、なかなか感慨深い番組でした。

個人的に身を乗り出したのが、ツィオルコフスキーの映像が映ったこと。動画があるんだ、とちょっと感動しました(それにしても、NHKの取材力、映像資料の豊富さには驚かされます)。
ツィオルコフスキーについては、最近『宇宙飛行の父 ツィオルコフスキー −人類が宇宙へ行くまで』(的川泰宣著、勉誠出版)が出たばかりで、1960年代に児童向けの伝記や、SFの翻訳などで紹介されて以来の本格的な紹介本ですのでこれは必読と思われます。

さて、タイトルの「初歩的ミス」ということですが、一つはこのツィオルコフスキー本のとある書評(あえてどの新聞の誰とは言いませんが)で、ツィオルコフスキーが影響を受けたヴェルヌ作品を、1865年に発表した『月世界へ行く』だとしていることです。ご丁寧に、創元SF文庫を紹介しておりました。もちろん、創元文庫の『月世界へ行く』は『月を回って』(1870)の翻訳です。ツィオルコフスキーが影響を受けたのは、『地球から月へ』です。

まあ、欲を言えば、邦訳でご紹介いただきたいのはインスクリプトのガン・クラブ三部作完訳版な訳ですが(「コズミック・フロント」で紹介された『上も下もなく』も完訳版があるわけです)。

別に責めているわけではありません。誰にでも初歩的ミスはあるものです。ただ、ヴェルヌについての正しい知識を広めるべく、我々は努力してまいります。

グダグダ申し上げて、何が言いたいかというと、今年最初に投稿したブログで、鳥羽・伏見の戦いを新暦の1月3日に起こったかのように書いてしまったという・・・ご丁寧に、「今頃徳川慶喜が江戸へ逃げて」などと余計なことを書いたもので、言い訳のしようもありません。もちろん旧暦(天保暦)1月の出来事なのです。間違った情報を発信しまして、お詫び申し上げます。

今の暦でいうと、鳥羽・伏見の戦いは150年前の来週、27日あたりに勃発いたします。慶喜が脱出するのは月末か月初ということです。幸いというべきか、歴史ファンの目に止まるほど人に見られているブログではないので(笑)、こっそり修正することにいたします。ああ恥ずかしい。

posted by sansin at 22:11| Comment(1) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする