2017年03月17日

ガンクラブ三部作

『地球から月へ・月を回って・上も下もなく』 (インスクリプト)
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 ちくま文庫『詳注版 月世界旅行』(W・J・ミラー注)
 東京創元社『月世界へ行く』
 ジャストシステム『地軸変更計画』
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 上記に挙げたこの三作品。
 冒険色が強い『海底二万里』や『地底旅行』『八十日間世界一周』等と比較すると、再読する回数が少ない。この三部作が分厚い単行本で生まれ変わり、新訳で久しぶりに読む醍醐味が溜まりませんでした。まさに、コアなヴェルヌファンのための愛蔵本って感じが良いです。

 ちくま文庫は注釈付なのでヴェルヌの隠れた人物史が面白い。前回、東京創元社『月世界へ行く』を読んだのは、10年近く前だったかな。まだヴェルヌ研究会が開設される前だった。
この新訳『ガンクラブ三部作』を読んで、好奇心をそそられたのは、シラノ・ド・ベルジュラック『日月両世界旅行記』(岩波文庫の邦題)やポオ『ハンス・プファール…』の引用でしょうか。この二作品、会誌六月号と七月号。私のエッセイで取り上げていた思い出がありますから。
 ヴェルヌの時代に、おうし座のかに星雲が発見されていたなんて意外と天文学が進んでいたんですね。(P188) 
 近著で楽しみなのは、『エクトール・セルバダック』五月配本でしょうか。最初、いったいなんだろうと思っていたら内容紹介で映画「彗星に乗って」の原作なんですね。こちらのタイトルが記憶に刷り込まれていますので。八十年代だったか、レンタルビデオで「彗星に乗って」を観賞したことがありました。

 映画では戦争批判の風刺が効いていて、宇宙を漂流している間イギリスとフランス軍が和解。地球に戻ってきたら互いの政府命令に従わざるを得ないのでまた戦争を始める。ちくま文庫『詳注版 月世界旅行』(W・J・ミラー注)この注釈ではイギリス軍だけ彗星に取り残されるそうですね。

『地球から月へ・月を回って』この二作。いまでいえばハードSFの元祖なんだな、と感じ入っています。
ヴェルヌが月世界という宇宙に目を向けたのは、『日月両世界旅行記』と『ハンス・プファール…』の影響でしょうか?
さらにもうひとつ、気になるシーンがあります。
『月を回って』と『オクス博士の幻想』に共通するシーン。純粋な酸素の放出だけで、人は感情が高ぶるのでしょうか?これ、ヴェルヌ作品にはまった八十年代からずっと気になっていました。
posted by Cyrus Harding42 at 18:12| Comment(2) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月08日

2017年初雑感

「ジュール・ヴェルヌ コレクション」第一回配本、当初予定より若干遅れ、1月20日刊行予定です(アマゾンはまだ直ってないかも)。カウントダウンに入っております。


https://www.amazon.co.jp/dp/4900997447/ref=as_li_ss_tl?ie=UTF8&linkCode=sl1&tag=hondana0c-22&linkId=146f311e43503d60251896e4c7f1c70d

さて、あっという間に一週間がすぎ、2017年もめまぐるしく進んでいくことがありありと予想されたりもするのですが、正月にようやく積み上がった本を整理していたら、そういえば去年はこれも読んだ、というものが何冊かありました。

スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ「戦争は女の顔をしていない」(岩波現代文庫)

これは凄まじい本で、ぜひご一読をお勧めします。しかし、この後の「ボタン穴から見た戦争」、「チェルノブイリの祈り」、そして去年翻訳が出た「セカンドハンドの時代」と読み進めていかないといけないな、と漠然と考えていて、読み終わったという気がしていなかった。今年は続きを読まなければ。

巽孝之「盗まれた廃墟 ポール・ド・マンのアメリカ」(彩流社)

ド・マンとはいかなる人物であったか、いかなる存在であったか、そしてその影響は現在まで続いているということを少ないページ数で濃密に示している好著です。

ハイエク「隷従への道」(日経BPクラシックス)

邦訳は複数あるので、どれでもいいと思うのですが、人類は1930年代以来、全体主義に対しては未だに有効な処方箋を発見していない、ということがはっきり分かる本。

他にも、久生十蘭の短編、モーリアック「蝮の絡み合い」など、興味深いものは多かったのですが、会誌投稿の参考書として読んだので、忘れてしまっていましたね。

さあ、大河ドラマも「精霊の守り人U」も気になりますが、今年はTVを消して本を読もう・・・


追記 : 「このミス」で第2位に選ばれたり、TVで芸人が持ち上げたりして、若竹七海の「葉村晶」シリーズが急に注目を集めているようですが、できれば葉村駆け出しの頃の中公文庫「プレゼント」から読み進めて欲しいです。
文春文庫「依頼人は死んだ」「悪いうさぎ」と続いたら、光文社文庫「暗い越流」収録の短編へ進み(その前に朝日文庫「名探偵の饗宴」にも1編ありますが)、その後「さよならの手口」、最後に最新短編集「静かな炎天」を読んでほしい。紆余曲折を経て、今の葉村晶の境遇があるので・・・
でも、シリーズが進むと最初の設定などどこかに行ってしまう、というミステリあるあるもこの作者は知り尽くしているでしょうから、気にしなくてもいいのかな・・・

1月15日再追記 : 上記朝日文庫の収録作は「依頼人は死んだ」中の1編の再録でした。申し訳ありません。



posted by sansin at 09:15| Comment(1) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月01日

2016年雑感

紅白のゴジラがやはり茶番だったことを確認したところで(最初からわかっちゃいましたが、一応確認だけはしておきました)、2016年のまとめをしておきましょう。

実は、2016年は正月から読書日記をつけ始めていたのです。しかし、最近見直したら、5月の読書会を境にぱったりと終わっていました(笑)。その後は、会誌に寄稿した2本のための参考書ばかり。会誌が完成した後は、方向性を見失ったつまみ食い的読書ばかり。

前段が長いのですが、どんな人だかさっぱり知らないパスカル・キニャールという人(どういう経歴の人かは解説に書いてありますが)のコレクションが刊行され始めて、時間論という触れ込みの「いにしえの光」というエッセイならぬ詩文集のようなものをパラパラと読んでいると、兼好法師がこんなことを言ったなどと出てくるものだから、つい徒然草を読み直していると、たまたまこんな段にぶつかりました。

※キニャールが引用した箇所ではありません。そこがどこだかは今のところ不明です。しかし、こうして翻訳の中に日本の古典を見出す気恥ずかしさは、例えば日本人がセネカなど引用するとき、彼の地の方々も覚えるものなのでしょうか。

今日は、このことをしようと思っていても、ほかの急な用件が先に生じてそれに取り紛れて一日を費やしたり、(中略)あてにしていた方面のことは外れて、思いがけないことばかりがうまくいってしまう。面倒だと思っていたことはぶじに済み、たやすいはずのことがたいへんな心労となる。日々過ぎていくありさまは、前もって考えていたようにはいかない。一年の間もこれと同じである。一生の間もまたそうである。(第一八九段、小川剛生訳[角川文庫])


いやまったくそうだよなあ、と思い、去年の今頃ブログに書いた、老い易く学なりがたしという言葉もまた実感するな、と思いながらも、今年あれこれと考えたせいなのでしょうか、実はこうした言葉もそのまま納得しないようになっているわけです。

700年も前に書かれた言葉を、自己に類似したイメージとして「理解」する、感情移入して「身につまされる」ということはどういうことなのでしょうか。こうした「言表効果」というものは何なのでしょうか。

そうした疑問を覚えることなく、現代人は常なるものを忘れてしまったなどと賢しらにいうことは、もうできなくなっているのではないか、などと(これもややこざかしくも)思いもするわけです。

そんなひねくれたことを考えたのは、フッサールや、ウィトゲンシュタインや蓮實重彦やフーコーや、郷原佳以さんのブランショ論を読んだからだったりするのですが、反復とは変化なのだということを、歳とともに実感しているからかもしれません。「前もって考えたようにはいかない」ということのようです。

それにしても、今年は小説をあまり読みませんでした。もっと読むようにします。

映画は、人それぞれ好みはあるでしょうが「シン・ゴジラ」、それからアニメ「この世界の片隅に」が素晴らしかった。

2017年も宜しくお願いいたします。
posted by sansin at 00:23| Comment(1) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする