2016年07月27日

夏の雑談

みなさまこんにちは。

ヴェルヌ研は5月の読書会を終え、今は各自が次号会誌へ投稿する準備中(のはず)。このブログもまたずいぶん間が空いてしまいました。

世の中は色々なことが起こりすぎて、まあそれに対して個人的に言いたいことがないわけではないのですが、このブログは「基本的には」ヴェルヌに関係あることを会員が投稿し合うものですので控えます。

最近、ヴェルヌ関連でトピックスがあるとすれば、やはり角川文庫から「海底二万里」が渋谷豊氏の新訳で刊行されたことでしょう。映画化の情報が流れ、最近の古典新訳の気運に乗っての出版ではないかと思います。角川は良くも悪くも、安価な電子書籍が同時にリリースされるので、手に入れやすいことは確かです。

若い方々に親しんでいただくためでしょうか、表紙は現代風のイラストで上巻がネモ船長、下巻がアロナックス、ネッド・ランド、コンセイユの三人が描かれています。下巻の三人は原書の挿絵に慣れていると違和感がありますし、本文中の描写とも少し違うような気がしますが、まあいいでしょう。

逆にネモ船長は、イメージが固定しているようで、それほど違和感がないのが却ってすごいということかもしれません。

原書の挿絵は岩波少年文庫の私市保彦先生訳などでご覧いただけます。

文体はおそらく初めてだと思いますが、語り手アロナックス教授の一人称をですます調で記述しています。これについては好みの問題もあって判断がなかなかつかないところではあります。特にクライマックスの崇高にまで高まる緊張感が果たして表現し得ているか、よく読み込んで比べてみるのも面白いかもしれません。

また重要なことは、日本で初めて、プレイヤッド版を底本にした翻訳であるということでしょう。ガリマール社のプレイヤッド版といわれる叢書は、訳者後記にもあるとおり、収録されれば殿堂入りしたようなもので、2012年に収録されたヴェルヌも、本国で古典作家と認定されたと言えるでしょう。

もっとも、当研究会の熱心なフォロワーのみなさまは、ヴェルヌの原書に通常単行本と挿絵版の2種類があって最終版が明確でないこと、草稿や複数種の刊行本の異同を検証した、厳密な校訂版がフランスでも未だに存在していない、ということもご存知かと思います(ご存知なくても仕方ありませんか)。

石橋正孝さんの研究によれば、「海底」については、ヴェルヌが最終的に校正したのは通常単行本の可能性が高いということで、これに依拠した邦訳は今のところ一種類しかないのではないか(岩波少年文庫の旧訳)とのこと。この辺については、会誌第5号の石橋さんの論考をご一読ください。また、石橋さん著「〈驚異の旅〉または出版をめぐる冒険」(左右社)も是非。

本国でも挿絵版を校訂するのが一般的で、プレイヤッド版も挿絵版が元になっていますから、草稿研究の成果が校訂や翻訳に生かされるのはまだこれから、という状況です。

映画化となればあちこちの出版社から邦訳が出て(「ジャングル・ブック」が三社から一度に出る奇怪)、一時的に消費される、ということの繰り返しは、「海底二万里」ほどの作品についてはもう十分ではないか、と考えます。厳密な校訂を経た研究版と、それを元にした翻訳が出る日が待たれます。その時初めて、ヴェルヌは古典作家としての地位を確立できるのかもしれません。
最近のSFマガジンで「ハヤカワ・SFシリーズ」(その昔「銀背」と言われた版)の解説が特集された際、「地底旅行」をめぐって「ハテラス船長の冒険」、「氷のスフィンクス」も地底旅行ものだと紹介されていて大変残念に思いました。どちらも地底になど行きません。「ハテラス」は北極、「氷のスフィンクス」は南極に行くのです。

まだまだ、ヴェルヌは知られざる作家と言えるのではないでしょうか。

「氷のスフィンクス」の元ネタ、エドガー・アラン・ポー「アーサー・ゴードン・ピムの冒険」については、集英社文庫ポケットマスターピース「E・A・ポー」に巽孝之先生の新訳が収録されています。解説で、最新の研究を盛り込んだと銘打たれていますので、これは改めてよく読んでみたいと思います。

ポーのように、「マスターピース」としてヴェルヌが取り上げられる日はいつか来るのでしょうか?


posted by sansin at 10:36| Comment(4) | 今日の推しコン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
角川文庫から「海底二万里」が渋谷豊氏の新訳で刊行。映画化の情報が流れ…の話題にびっくりしました。

私は本を買う時はAmazonか、TSUTAYAで注文することが多いので、本屋で直接買うことはほとんどありません。衝動買いを避けていることと、読みたい本が無いということもあります。

また、映画化の話題もどうだろうかと思いたくなります。新潮文庫「海底二万里」刊行の時も映画化の話題がありましたから。

エドガー・アラン・ポー
「アーサー・ゴードン・ピムの冒険」(集英社文庫ポケットマスターピース)
解説では、最新の研究を盛り込んだとのことだそうですね。

これも興味津々です。東京創元社の文庫は文体が固くて長編になるとかなり読み辛いですからね。息切れして読んでいない作品がありますから。

ところで『会報誌』次号の締め切りはいままでと同様9月でしょうか?
まだ手を付けていないので…。
Posted by Cyrus Harding42 at 2016年08月05日 22:57
お久しぶりです。お暑うございます。

映画化の話は「眉に唾をつけて」聞くことに慣れてしまいました。これは本当に本当だ、と確信が持てたら、このブログでも話題にしたいと思います。

会誌の締め切りは一応8月末なのですが、まあ大丈夫ではないでしょうか。編集長でもないのに勝手なことを言っていいのかどうか、わかりませんが(笑)
Posted by sansin at 2016年08月06日 20:45
呼ばれたようなので出てきました。編集長の石橋です。そうですね、11月23日の文学フリマ東京に間に合わせるということで逆算すると、九月中にいただけるとたいそうありがたいです。
Posted by ishibashi at 2016年08月08日 04:24
ホームページアドレスに張り付けた映画情報。
これからすると、2017年度内に公開予定だそうです。

今度は20世紀FOXが乗り出すそうです。
この情報からすると、完成に近づいているのかもしれませんね。

気になるのは、H・G・ウェルズとヴェルヌの扱いにかなり隔たりがあることでしょうか。
Posted by Cyrus Harding42 at 2016年08月08日 16:06
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: