2015年12月02日

ファラー

文学フリマ、我がブースは盛況だったようで、あらためてお越しいただいた皆様にはお礼申し上げます。我が家にもついに会誌10号到着。某ツイートで自立式だと書いてありましたが、試してみたら本当に立った。全309ページ、さすがのボリューム。

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さて、誰でもそうなのかも知れませんが、書き終わった後には、それまで気付かなかったところに目がいくようになるものです。特集用投稿で、『八十日間世界一周』の主人公フィリアス・フォッグの「分裂」と「統合」を論じたとき、それは決して弁証法的な「止揚」ではない、と書きました。

今読み直してみると、果たして「弁証法」という言葉をちゃんと理解して使っていたのかね、と我ながら考えてしまいます。最近でも下のような本が出ていて、どうも人によって捉え方の違う、幅広い概念のようです。

http://www.sakuhinsha.com/philosophy/25231.html

このバスカーという人は「批判的実在論」とのこと。たとえば中沢新一氏が弁証法というときは、ギリシア正教の三位一体論に近いらしく、ちょっとよく分からない。近代弁証法の祖と言えばヘーゲルですが、ラッセルの「西洋哲学史」では、ヘーゲルはもっとも難解な哲学者の一人だ、と言われているくらいで、ちょっと私には荷が勝ち過ぎかと思います。ご承知のように、ヘーゲルの観念的弁証法はその後マルクスによって唯物論的に「転倒」させられるという、もはやよう分からんことになりますので。

そんなことが頭にあって、カーレン・ブリクセンという人のエッセイ集「草原に落ちる影」(桝田啓介訳・筑摩書房)を読み始めると、最初のエッセイ「ファラー」に、「異質であるが故に統一体」であるもの、という話がいきなり出てきてつい注目しました。投稿を書かなければ気にせず読み飛ばしたかも。

それは何かというと主従関係のことであり、旧約聖書の預言者エリシャと従者ゲハジ、リア王と道化、ドン・キホーテとサンチョ・パンサなどに続いて、出ました、「フィリース・フォッグとパッセパルトゥ」。

何か、表記が変ですが、デンマーク語からの翻訳なので、原語に忠実に訳したか、訳者がヴェルヌをよく知らなかったか、どちらかでしょう。しかし、リア王やドン・キホーテに並び称されるとは、フォッグも出世したものです。もっとも、ブリクセンはパスパルトゥを「世知にたけ、いつも冷静沈着な」と書いているので、他のペアと勘違いしているかもしれませんね。

さて、知ってる人は知ってる話なので隠すつもりもないのですが、カレン・ブリクセンというのはデンマークの女性作家の筆名です。筆名というのは、ブリクセンは離婚した夫の苗字だからで、元の姓はディネセン(「ディーネセン」が正しい、と訳者は書いていますが)。英語で作品を発表する時は、イサク・ディネセンという男性名を使っていました。

ディネセンはアカデミー作品賞を受賞した映画「愛と哀しみの果て」の原作、「アフリカの日々」で一躍日本でも有名になり、その後アカデミー賞外国語部門賞を受賞した「バベットの晩餐会」の原作者としても知られています。20世紀初頭、結婚してアフリカの農場経営に乗り出すも破綻。結婚生活もうまくいかず離婚、その後短編集「七つのゴシック物語」、回想記「アフリカの日々」で作家生活に入ります。

ディネセンの小説は、最初の短編集の表題どおり、アラビアン・ナイトやデカメロンのような物語の魅力と、19世紀が育んだ小説ジャンルの繊細な描写力とが融合した傑作ぞろいですが、アフリカで異文化に深く関わった経験が、やはりどこかに生きているようです。

「草原に落ちる影」は晩年のエッセイ集で、「アフリカの日々」で書かなかったエピソードや後日談から成っています。ファラーとは、アフリカ時代にカレンに仕えた黒人(ソマリ族)の召使いの名です。
エッセイでは、ファラーがソマリ族の価値観を重んじながら、「奥様(メンサヒブ)」カレンとともにトラブルに対応する際の水際立った有能ぶりが記されています。圧巻はエドワード皇太子を招待した時のエピソードですが、ディネセンならではの「途方もなさ」と「繊細な」美の象徴性が存分に発揮されて堪能できます。

そして、農場が破綻した最後に、カレンはファラーとの「ペア」の深い意味に思い至るのですが、これはぜひお読みになっていただければ。

有能な召使いというと、最近では黒執事とかジーヴスとかが有名ですが、ピーター・ウィムジィ卿の従者バンターとか、「サンダーバード」ペネロープの従者パーカーとか、枚挙にいとまがありません。

そう言えば、フォッグとパスパルトゥを「ペア」として読む視点が、少々不足していたかな、といささか反省した次第です。

さて、有能な召使いと言えば「バベットの晩餐会」のバベットもそうなのですが、これも読み返してみると、読書会でも触れたパリ・コミューンが背景にあって驚きました。やはり、以前は気にもしていなかった。
ディネセン=カレンがこれを書いたのは第二次世界大戦後ですが、書かれた時期を考えると、様々に重層的な読み方が出来るように思います。

「草原に落ちる影」の終章「山のこだま」は、カレンの晩年の心境が記されていて、心に染みます。久々、太鼓判で推します。しかし、先に「アフリカの日々」や「七つのゴシック物語」を読んでからがお勧め。今度、「冬の物語」という第二短編集も新訳が出るそうです。

「投稿後」に目についた本は他にもありますが、また改めて。
posted by sansin at 15:35| Comment(0) | 今日の推しコン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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