2018年04月15日

石橋正孝さん『ガンクラブ三部作』が「第23回日仏翻訳文学賞」受賞!

新着情報欄にも掲載いたしましたが、インスクリプト「ジュール・ヴェルヌ〈驚異の旅〉コレクション」第一回配本、『地球から月へ 月を回って 上も下もなく(完訳ガンクラブ三部作)』の翻訳により、石橋正孝さんが小西国際交流財団主催「第23回日仏翻訳文学賞」を受賞されました。

http://konishi-zaidan.org/2018/04/13/23nf/

第1回が阿部良雄『ボードレール全集』、その後も名だたる仏文学者やレーモン・クノー、ジョルジュ・ペレック、ガストン・ルルーといった多彩な作家・作品の訳業が受賞している本賞に、石橋さんとヴェルヌが名を連ねることは、当会にとっても大変喜ばしく名誉なことです。

翻訳のご苦労は会誌12号にエッセイを寄せられておりますが、この古典SFの傑作を良訳で読めることの意義は改めて強調したいところです。まだお読みでない方は是非。
posted by sansin at 16:33| Comment(1) | 会員の動向 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月02日

第V巻(第3回配本)カルパチアの城 ヴィルヘルム・シュトーリッツの秘密

第V巻(第3回配本)カルパチアの城 ヴィルヘルム・シュトーリッツの秘密

「カルパチアの城…」の刊行がずいぶんと長引いているので、先ほど、インスクリプトのホームページを見てましたら5月刊行になっていました。そうあってほしい、と願っています。ヴェルヌの透明人間ものも何時頃出るのかとヤキモキしています。ヴェルヌネタの話題も滞っていますので、気にかかっています。

ヴェルヌ談から脱線しますけど、最近、リノ・ヴァンチュラ出演のDVD「レ・ミゼラブル」をAMAZONで買いました。ミュージカル映画よりもこちらが丁寧に描かれていて大満足しまくっていました。他の司教が馬車で行くのに対して、ミリュエル司教はニコニコしながら歩いて行くシーン。フランス政府の一介の議員Gが「私は今夜限りで死ぬでしょう」というシーンもあり、丁寧なドラマづくりにため息付きまくっていました。余計な一言だけど「威張るように死ぬって言っているけど、まだ、元気そうにしてるじゃん」と言いたくなった。

ヒュー・ジャックマン版は表情がないのでロボットとしか思えない。プチ・ジェルヴェがバッサリ切り捨てられている。他の映画でも司祭の愛に打たれたとあるけど、私に言わせればプチ・ジェルヴェの存在が大きく伸し掛かっていて、良心の呵責からドラマが突き進んでゆく物語ですから感動させるわけですな。
ファンチーヌの死後、ジャン・ヴァルジャンはトーロンの徒刑場に逆戻りしたものの、砲門を備えた帆船オリオン号。帆をたたむ作業をしていた船員が転落しそうになっている。その彼を救出するシーンがとりわけ心に残る名シーンとして心に焼き付いています。

posted by Cyrus Harding42 at 16:42| Comment(2) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月30日

オーデンを捜して

なんとなく忙しく日々が過ぎていきます。忙中閑ありといえど、難しいものはなかなか読める心境にない時が多く、通勤の行き帰りなどでぼんやり読むのはマンガだったりします。

『海街diary』は何度読んでも感銘を受ける名作ですが、その第6巻に「地図にない場所」という一編があります。全体の筋からは少し離れた、いわゆるサイド・ストーリーなのですが、全編を貫く主題が別の面から集約されたような趣もあり、やはり欠いてはシリーズが成り立たない重要なエピソードだと思います。
さて、この話に出てくるのが、「立ち上がってたたみなさい 君の悲嘆の地図を」という一文です。

イギリスの詩人オーデンの詩の一節だと、引用した登場人物が説明するのですが、はて、ではなんという詩の一節なのか。また、この登場人物はどうやってこの詩を知ったのか、描かれていない背景にも興味が湧き、ちょっと調べてみることにしました。インターネットで検索すると、同じことを調べている人が何人もいらっしゃって、当該の詩が1935年、初期に書かれた"Twelve Songs"という詩であることがわかりました。

ウィスタン・ヒュー・オーデンは1907年に生まれ、1973年に亡くなっています。イギリスで生まれ、アメリカ国籍を取得して移住しました。亡くなったのは別荘を持っていたオーストリア。多作な作家で、50年代から70年代にかけてよく翻訳されており、日本で影響を受けた作家も多い。おそらくその影響をもっとも如実に示しているのは、大江健三郎が短編「見る前に跳べ」、中編「狩猟で暮らしたわれらの先祖」という題名を、オーデンの詩から引いていることでしょう。

しかし、昔訳された詩集で、今読めるものは少ない。思潮社『W・H・オーデン詩集』(沢崎順之助訳)、小沢書店『オーデン詩集』(中桐雅夫訳、福間健二編)、筑摩世界文学大系『イェイツ・エリオット・オーデン』、新潮社『世界詩人全集 オーデン スペンダー トマス詩集』を近所の図書館で借りることができました。
しかし、その中には"Twelve Songs"の翻訳はなかったのです。筑摩世界文学大系には「十二の歌」という詩の翻訳がありますが、これは1966年にそれまでの短詩をまとめた同題の詩でした。

すぐに手に入らない翻訳も多いので、その中に"Twelve Songs"の訳はあるかもしれません。しかし、引用した登場人物は割と若い人なので、果たしてそうしたものに目を通す機会があったかどうか。とすると、原書を読んだのか。学生時代に読んだと発言からは窺えるので、優秀な学生さんだったということか。原文は(今はネットに出ていますから興味のある方は見てください)詩ですから、すんなり読めるものではないものです。それとも英語の先生か、誰かに教えてもらったのか。

それともどこかで大江健三郎か、また別の文学者が引用していたのかもしれません。そう考えるとさらに探索の手を広げなければなりませんが、そこまではできていないのが現状です。

というところまでで、この捜索は中途半端に終わっています。暇になったらもう少し捜して見ますが、描かれていない作品との(架空の)出会いを、調べたことに基づいて想像する、二次創作的な妄想は楽しい。

また一方で、こんな風に一つのことを手がかりに読書の輪を広げていくのは面白いものです。筑摩世界文学大系は、詩もさることながらエリオットやオーデンの文学論もなかなか読み応えがあります。エリオットの戯曲『大聖堂の殺人』や、オーデンがシェイクスピア『テンペスト』の解釈として書いた戯曲風のテクスト『海と鏡』なども面白い。ボブ・ディランがその名前の元にした詩人、ディラン・トマスの詩も興味深く読みました。

実は、オーデンは幼少期ヴェルヌを愛読していて、『怒れる海 − ロマン主義の海の図像学』という講演録も出しています(未読)。ヴェルヌにどこまで言及しているかは読んで見ないとわかりませんが、『海底二万里』を読むうえで一度は読んでおきたい。ヴェルヌ研究者にとってもオーデンは気をつけておくべき作家なのです。

もう一ついうと、詩集や全集の編者たちは、多作なオーデンの全体像を示すべく詩を選び出しているわけですが、小品ではあるものの、このように意外な影響を及ぼす作品がこぼれ落ちてしまっている。
我々も、多作であるヴェルヌの全体像をお伝えすべく活動を続けておりますので、いい教訓にしたいと思います。
posted by sansin at 05:59| Comment(1) | 今日の推しコン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする