2017年01月17日

ガン・クラブ三部作、刊行迫る!

石橋です。遅くなりましたが、本年もよろしくお願いいたします。

インスクリプトのガン・クラブ三部作、すでに数日前に手元に見本が届いており、今度こそ本になりましたので、もはや刊行延期はありません! 確かに20日には発売されるはずです。皆さま、まだのかたはぜひ、ヴェルヌ書店でご予約をお願いいたします。

ところで、その矢先に水を差すようですが、フランス語のテストを作成していたせいか、自分でも自信が持てない点に敏感になっていたせいでしょう、また自分の誤訳を見つけてしまいました……。すでに申し上げたように、『月を回って』の第二章に以下の誤訳があります。頁数はインスクリプト版です。

p.235 下段 
誤)「月と向かい合った面」
正)「月とは反対側の面」

これは直そうと思えば直せなくもなかったのですが、あえて「あとがき」ともども残したところです。対して、実は最初から引っかかっていたのに、結局そのまま放置してしまった誤訳が『上も下もなく』第四章に。うーん、これ、今となってはなんでこんな簡単なところに、という感じなんですが、僕はdevoirに苦手意識があって、たぶん考えすぎたのです。素直に読んでいれば避けられたんですが……

p.466 下段 
誤)「人々は、大胆な旅行者たちがもはや地球には戻れなくなったものと思い込んでしまったことだろう」
正)「人々は、大胆な旅行者たちがもはや地球には戻れなくなったものと信じざるをえなかった」

いや、たぶん、初等文法をやったばかりの初学者ならなんの躊躇もなく正しく訳せたはずです。嗚呼……皆さま、上記二箇所は、脳内で修正の上、お読みください。

とはいえ、これ以外にも誤訳はあるはずです。お気づきの方はお知らせください。こちらでも気付き次第、順次追加してまいります。P1010288.jpg
posted by ishibashi at 02:54| Comment(0) | 今日の誤訳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月08日

2017年初雑感

「ジュール・ヴェルヌ コレクション」第一回配本、当初予定より若干遅れ、1月20日刊行予定です(アマゾンはまだ直ってないかも)。カウントダウンに入っております。


https://www.amazon.co.jp/dp/4900997447/ref=as_li_ss_tl?ie=UTF8&linkCode=sl1&tag=hondana0c-22&linkId=146f311e43503d60251896e4c7f1c70d

さて、あっという間に一週間がすぎ、2017年もめまぐるしく進んでいくことがありありと予想されたりもするのですが、正月にようやく積み上がった本を整理していたら、そういえば去年はこれも読んだ、というものが何冊かありました。

スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ「戦争は女の顔をしていない」(岩波現代文庫)

これは凄まじい本で、ぜひご一読をお勧めします。しかし、この後の「ボタン穴から見た戦争」、「チェルノブイリの祈り」、そして去年翻訳が出た「セカンドハンドの時代」と読み進めていかないといけないな、と漠然と考えていて、読み終わったという気がしていなかった。今年は続きを読まなければ。

巽孝之「盗まれた廃墟 ポール・ド・マンのアメリカ」(彩流社)

ド・マンとはいかなる人物であったか、いかなる存在であったか、そしてその影響は現在まで続いているということを少ないページ数で濃密に示している好著です。

ハイエク「隷従への道」(日経BPクラシックス)

邦訳は複数あるので、どれでもいいと思うのですが、人類は1930年代以来、全体主義に対しては未だに有効な処方箋を発見していない、ということがはっきり分かる本。

他にも、久生十蘭の短編、モーリアック「蝮の絡み合い」など、興味深いものは多かったのですが、会誌投稿の参考書として読んだので、忘れてしまっていましたね。

さあ、大河ドラマも「精霊の守り人U」も気になりますが、今年はTVを消して本を読もう・・・


追記 : 「このミス」で第2位に選ばれたり、TVで芸人が持ち上げたりして、若竹七海の「葉村晶」シリーズが急に注目を集めているようですが、できれば葉村駆け出しの頃の中公文庫「プレゼント」から読み進めて欲しいです。
文春文庫「依頼人は死んだ」「悪いうさぎ」と続いたら、光文社文庫「暗い越流」収録の短編へ進み(その前に朝日文庫「名探偵の饗宴」にも1編ありますが)、その後「さよならの手口」、最後に最新短編集「静かな炎天」を読んでほしい。紆余曲折を経て、今の葉村晶の境遇があるので・・・
でも、シリーズが進むと最初の設定などどこかに行ってしまう、というミステリあるあるもこの作者は知り尽くしているでしょうから、気にしなくてもいいのかな・・・

1月15日再追記 : 上記朝日文庫の収録作は「依頼人は死んだ」中の1編の再録でした。申し訳ありません。



posted by sansin at 09:15| Comment(1) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月01日

2016年雑感

紅白のゴジラがやはり茶番だったことを確認したところで(最初からわかっちゃいましたが、一応確認だけはしておきました)、2016年のまとめをしておきましょう。

実は、2016年は正月から読書日記をつけ始めていたのです。しかし、最近見直したら、5月の読書会を境にぱったりと終わっていました(笑)。その後は、会誌に寄稿した2本のための参考書ばかり。会誌が完成した後は、方向性を見失ったつまみ食い的読書ばかり。

前段が長いのですが、どんな人だかさっぱり知らないパスカル・キニャールという人(どういう経歴の人かは解説に書いてありますが)のコレクションが刊行され始めて、時間論という触れ込みの「いにしえの光」というエッセイならぬ詩文集のようなものをパラパラと読んでいると、兼好法師がこんなことを言ったなどと出てくるものだから、つい徒然草を読み直していると、たまたまこんな段にぶつかりました。

※キニャールが引用した箇所ではありません。そこがどこだかは今のところ不明です。しかし、こうして翻訳の中に日本の古典を見出す気恥ずかしさは、例えば日本人がセネカなど引用するとき、彼の地の方々も覚えるものなのでしょうか。

今日は、このことをしようと思っていても、ほかの急な用件が先に生じてそれに取り紛れて一日を費やしたり、(中略)あてにしていた方面のことは外れて、思いがけないことばかりがうまくいってしまう。面倒だと思っていたことはぶじに済み、たやすいはずのことがたいへんな心労となる。日々過ぎていくありさまは、前もって考えていたようにはいかない。一年の間もこれと同じである。一生の間もまたそうである。(第一八九段、小川剛生訳[角川文庫])


いやまったくそうだよなあ、と思い、去年の今頃ブログに書いた、老い易く学なりがたしという言葉もまた実感するな、と思いながらも、今年あれこれと考えたせいなのでしょうか、実はこうした言葉もそのまま納得しないようになっているわけです。

700年も前に書かれた言葉を、自己に類似したイメージとして「理解」する、感情移入して「身につまされる」ということはどういうことなのでしょうか。こうした「言表効果」というものは何なのでしょうか。

そうした疑問を覚えることなく、現代人は常なるものを忘れてしまったなどと賢しらにいうことは、もうできなくなっているのではないか、などと(これもややこざかしくも)思いもするわけです。

そんなひねくれたことを考えたのは、フッサールや、ウィトゲンシュタインや蓮實重彦やフーコーや、郷原佳以さんのブランショ論を読んだからだったりするのですが、反復とは変化なのだということを、歳とともに実感しているからかもしれません。「前もって考えたようにはいかない」ということのようです。

それにしても、今年は小説をあまり読みませんでした。もっと読むようにします。

映画は、人それぞれ好みはあるでしょうが「シン・ゴジラ」、それからアニメ「この世界の片隅に」が素晴らしかった。

2017年も宜しくお願いいたします。
posted by sansin at 00:23| Comment(1) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする